海外で仕事をしたいなら、まず飛び込んでみることが大事。 英語ができるのを待つのはもったいない。
2016.10.19
監督デビュー作の『ディアーディアー』が国内外で高く評価され、メディアから注目を浴びている菊地健雄監督。海外の有名監督や制作者たちとの仕事も多いが、「英語は本当に苦手」と語る菊地監督の英語コミュニケーション術とは?
モントリオール世界映画祭では英語が話せず本当に大変でした(笑)
昨年、『ディアーディアー』で第39回モントリオール世界映画祭にご招待頂きました。それはとても光栄でうれしいことだったのですが、着いてからが大変だったのです。現地に到着した翌日が『ディアーディアー』の公式上映でした。上映後にはQ&Aがあり、通訳もいると聞いていたのですが、現地で確認すると、フランス語から英語の通訳はいるが日本語が分かる通訳はいないとのこと。映画祭の事務局の人は「YES、NOくらいは言えるだろう。だったら大丈夫だよ」とすごくのんきに言うんですけど、「いや、全然大丈夫じゃないから」と(笑)。滅茶苦茶慌てましたが、たまたま同じ時期に一緒だった他の日本人監督に日本語が分かる通訳の方を紹介してもらって、なんとか急場をしのぎました。
英語は全然、ダメです。何となく相手の言っていることは分かりますけど、話すのは本当に苦手。以前に仕事をさせて頂いたレオス・カラックス監督にも「お前とはまた仕事したいけど、もう少し英語を頑張れ」と言われました。一応、大卒なので「受験勉強の英語はやっただろ」と周りからも言われるのですが、実は指定校推薦だったので、受験勉強もろくにしていないのです(笑)。大学時代の長期休みによく海外を旅行したのですが、常に辞書を片手に何とか受け応えをしてました。正直、このときのモントリオールほど、英語をもう一度勉強したいと思ったことはなかったですね。
海外の制作陣と一緒に作品を作る合作の現場は多く体験しています。初めての合作の現場は、先ほどお話したレオス・カラックス監督の『TOKYO! 〜メルド〜』でした。日仏の混成チームでプロデューサー、監督、撮影、俳優2人がフランス人で、自分のキャリアの中でも指折りの大変な現場で、ほとんど寝る時間もありませんでした。喧嘩もいっぱいあった。でも日本映画の現場では絶対に味わうことができない、とても貴重な経験になりました。
最近では、マヒュー・マコノヒーさんと渡辺謙さんが主演、ガス・ヴァン・サント監督がメガホンをとった『追憶の森』の日本パートにも、1日だけの撮影でしたが助監督として参加しました。自分が映画を志すきっかけになった映画の一つである『マイ・プライベート・アイダホ』のガス・ヴァン・サント監督と『ダラスバイヤーズ・クラブ』でオスカーを獲ったマシュー・マコノヒーさんとの仕事だったので、現場に入る前からとても楽しみにしていました。でも、やっぱり大変でしたね(笑)。
映画の撮影現場というところに限定すれば、言葉が通じなくても何とかなるという気はしています。でも本当は自分の言葉で話せれば、もっと楽しく、より深いところで仕事が出来るはずだということは感覚的によく分かります。だから、いまからでも英語を勉強したいです。でも、話せるようになるまで仕事をするのを待とうとは思わないですね。実際に働きながら英語のコミュニケーションを学べばいいのではないでしょうか。この原稿を読んでくださっている方の中に海外で働きたいと思っている方がいるなら、思い切って飛び込んでみたほうがいいと思います。別に失敗してもいいと思いますよ。例えばフランスがだめならアメリカでやればいい。臆さずに考え過ぎずにやってみることが大事なことだと思います。
韓国とハリウッドは日本とは映画の作り方が絶対的に違う
いくつかの合作の現場で向こうのスタッフやキャストたちから聞いたのですが、韓国やハリウッドなどは映画の作り方が日本とは違う様な気がします。日本よりもコンテ主義なところがある。撮影は、全部絵コンテに沿って進めていく。日本は芝居主義なので、芝居を組んでからカット割りをしていく。だからこそあの世界観を表現できると思う。もちろん韓国でもキム・ギドク監督とかホン・サンス監督とかの作家性の強い人はやらないでしょうけど、大作系はドラマも含めてキャストにもコンテが配られて、通しのリハーサルもない。監督は撮った映像をきちんとつなげていくのが仕事だという意識なんだそうです。
海外で評価されるのはすごく嬉しいです。海外からお声をかけて頂けたら、いつでも行きたいですね。ただ、今は海外の映画祭で賞をもらって作品に箔がつくと観客が呼べるという時代でもないような気がしています。というか僕の作品はそういうところ向けじゃないような気もする。ある種の先鋭的なこと、映画としてすごく純度の高いものをやりすぎると、一般的な観客がついてこれない部分もあるかもしれない。いつかそういう勝負作を作る機会もあるかもしれませんが、今は純粋に映画館のスクリーンで観客が楽しんで観てくれる映画を作ることを心掛けたいですね。集客について監督は気にしなくてもいいという考え方あるかもしれません。ただ、現在の日本の映画界では、その考え方だとちょっと厳しい状況だと思います。僕が学生時代にバイトしていたシネマライズ(今年閉館したミニシアターブームを牽引した渋谷の映画館)がなくなってしまうなんて夢にも思わなかったですから…。僕自身がそうなのですが、映画ファンって「画面の隅々まで目を光らせて、そこに意味を見出す」という人が多いような気がしています。僕は、そういう映画ファンをも納得してもらえる映画を作りたいのと同時に、その作品はたまにしか映画館に来ない人が観たときにも「面白い」と思ってくるような映画にしたいです。「海外で評価される監督」と「僕の田舎にいるようなおじいちゃんやおばあちゃん、高校生が来てくれるような監督」だったら絶対に後者がいい。だから海外で評価されることで観客が500人~1000人多くなってくれるならもっと海外で評価されたいと思うでしょうね。そういう意味ではハリウッドで撮りたいと思いますよ。もし『マッドマックス』の続編を僕が撮ったとしたら、より多くの観客が来てくれるはずですから。
菊地健雄
1978年生まれ、栃木県足利市出身。大学卒業後に進んだ映画美学校時代から瀬々敬久監督に師事。助監督として『ヘヴンズ ストーリー』(瀬々敬久監督)、『岸辺の旅』(黒沢清監督)、『かぞくのくに』(ヤン・ヨンヒ監督)など多数の作品に関わる。2015年『ディアーディアー』にて長編映画を初監督。同作は第39回モントリオール世界映画祭に正式出品され、ドイツで開催された第16回ニッポン・コネクションではニッポン・ヴィジョンズ審査員賞を受賞した。長編2作目となる新作映画『ハローグッバイ』が、第29回東京国際映画祭(10/25~11/3)の日本映画スプラッシュで上映される。詳細、チケットの購入は
http://2016.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=71