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映像作家の役割は取材相手が安心して話せる環境を作ること

2015.10.05
日本を拠点に活動するアメリカ人フィルムメーカー、イアン・トーマス・アッシュさん。
日本の在住歴は10年以上にわたります。2013年には原発事故直後の福島を取材したドキュメンタリー『A2-B-C』を制作。この作品は、欧州最大の日本映画の祭典、ニッポン・コネクション(ドイツ)のニッポン・ビジョン賞を受賞したほか、世界20以上の映画祭で上映され、話題となっています。GCAIでは「英語でセルフプロモーション動画を作る」の講師を担当。アメリカと日本の2つの文化を知り、自らも字幕づくりにも参加するというイアンさんに、取材相手や翻訳者とのコミュニケーションで大切にしていることを聞きました。
イアンさんが日本に拠点を置くことになったきっかけを教えてください。
アメリカの大学で学んでいる時、どこか違う国に飛び出したいと思い、JETプログラム(語学指導などを行う外国青年招致事業)に応募したのがきっかけです。そして大学卒業後、栃木県の那須郡の中学校に英語教師として赴任し、3年勤務しました。父が牧師をしていた関係で以前から日本人を含むさまざまな国の人たちと会う機会がありましたが、僕自身は特別に日本が好きというわけではなかった。でも日本に来て和食を食べた時、なぜか懐かしいと感じたのは不思議でした。僕にとって日本は、社会人として初めて働いた場所であり、友達からカメラを借りて映像を撮り始めた、フィルムメーカーとしての出発点でもあるんです。
来日直後、中学校で先生や生徒とはすぐにコミュニケーションがとれましたか?
僕は当初、日本語が全く話せなかったのですが、地方なのでまわりに英語が通じる人は少なかったですね。でも英語の授業では日本語は禁止なので会話は基本的に英語だけでした。そこで僕は、体育や家庭科の授業などいろいろな授業に参加させてもらい、掃除や食事の時間などリラックスした場でも生徒たちと日本語と英語で話しながら、日本語を学びました。日本語の教科書ではあまり勉強しなかった(笑)。でもこうした実践的なコミュニケーションのほうがずっと効果的ですよね。子どもたちは“恥ずかしい”と構えずにどんどん話しかけてくれるので英語力の上達も早いし、僕が日本語を覚える助けにもなりました。逆に先生たちは英語できちんと話せないと恥ずかしいと思うのか、あまり僕と話したがらなかったですね。
やはり、学生のうちに生きた英語に触れられるのは大きいですね。
でもそれは生徒たちの性格にもよります。例えば、100個の英単語しか知らない子でもその100個を全部使って必死で話すので、その子の英語はなぜかちゃんと伝わって会話ができてしまう。その一方で1000個もの英単語を知っているのに「3000個は知らないから恥ずかしい」と感じて話せない子もいました。日本人の“謙遜”や“遠慮”は素敵な文化だし、僕も敬意を払っていますが、時には恥ずかしがらずに「分からないので教えてください」とはっきり意思を伝えていくことも大事。「ここまでは分かるけどこれより先は分からない」と自分の中ではっきり分かっていれば、疑問点を教えてもらうこともたやすいはず。僕自身も生徒たちとの交流のなかで日本語を身につけることができました。

英語と日本語とでは発音も文法も全く違うので教科書通りにはいきません。カタカナで英語の発音を再現したり、一言一句を訳したりするのは無理なんです。どんな言語でも相手の発音やフレーズの真似をして、「こういう場面ではこう言えばいいんだ」と生活の中で覚えていくのが一番ですよね。
イアンさんは取材する相手によって、英語と日本語を使い分けてお話を聞いていますよね。取材をする上で心がけていることはありますか?
映像作家の役割は取材相手に「この人なら話をしてもいい」と思っていただける環境をつくることだと思います。だから相手がどこの国の人でも、大人でも子どもでも特に意識せず、人間同士として同じようにお話しさせていただいています。相手が日本人ならやはり相手が安心して話せるよう、日本語で話しますね。また、いきなり聞きたい内容をただインタビューするのでなく、一緒に食事をしたりして交流を深めることもあります。『A2-B-C』の時は、福島のお母さんたちが自宅に泊めてくれたこともありました。
イアンさんの作品は、原発事故後の福島の不安や、乳がんの友人の闘病、薬物中毒の母を亡くした少年の成長などシリアスで極めてプライベートな部分を映したものが多いですが、そうして信頼関係を築くことでリアルな映像が撮れるんですね。
取材相手には、正直で誠実であることを心がけています。でもそれは決して計算ずくではいけない。僕が特に気をつけているのは、親しくなると相手は“今取材されている”ということをたまに忘れてしまうということ。『A2-B-C』の時は、原発事故後の除染に関する健康被害への不安というシリアスなテーマだったので、取材は僕1人で小さなカメラを持って行いました。大げさな機材もないなかで話していると、時にはカメラの存在を忘れて家庭の事情などプライベートなことまで教えてくれることもあります。でも僕は「確かに演出としては本編に入れたいけど、この話を公にしたらこの人は困るだろう」ということは敢えてカットします。それが相手への礼儀ですし、この見極めはコミュニケーションにおいてとても大切ですよね。
映画『A2-B-C』
イアンさんに最初にお会いした時、別れ際に手袋をさっと外して握手してくれたのが印象的でした。そういう一つひとつのしぐさから相手への敬意が伝わるのだと思います。
そうでしたか? 自分では時に意識していなかったけど。そういえばあるカメラマンに「イアンは取材中、相手のイントネーションやしぐさに似てくるね」と言われたことがあります。無意識に相手に寄り添おうとしているのかもしれませんね。
取材相手の声をありのままに伝えるために、編集方法にもこだわりがあるそうですね。
僕のドキュメンタリー作品には基本的にナレーションやBGMを使いません。勝手に演出したくないからです。僕の使命は取材相手の声をそのまま伝えることで、解釈は観てくれる人たちに委ねたい。だから取材時の音をできるだけそのまま活かせるように気をつけて撮影しています。例えば「はい」「ええ」「へえー」というような相槌を打つと視聴者には耳障りですよね。でもずっと黙っていたら相手は不安になってしまう。だから目や頭、口の動きなどを大げさにしたり手振りを付けたりして「大丈夫。僕はきちんと聴いていますよ」という態度を伝えるように意識しています。
2015 DMZ International Documentary Film Festivalで『-1287』がAsian Perspective Awardを受賞
ジェスチャーや表情によるコミュニケーションは万国共通ですよね。取材相手ときちんと向き合いながら「どうしたら相手が気持ちよく話してくれるか」を考えることが大切なんですね。
どんな取材の仕方を望んでいるのかは相手によって違うので、いつも同じように接すればいいわけではありません。例えば、以前シャンソン歌手の女性たちに取材した時、ある人は大きなカメラと三脚を持ち込んで華やかに撮影して欲しいという一方で、ある人は撮影を意識しないように小さなカメラでさりげなく撮ることを望みました。こういうそれぞれの想いに一つひとつ対応するようにしています。印象的だったのは、ある女性歌手の楽屋で素顔や着替えの様子まで撮らせていただいた時のこと。マネージャーに「よく撮らせたね」と聞かれた彼女が「イアンは風です」と答えたんです。もう僕がいることさえ意識しなくなっていたんですね。
“存在を感じさせないほど自然”に寄り添うのはすごいですね。そういう意味では、映画やドラマの字幕も“読んでいることを意識させない”ものが一番と言われます。イアンさんは字幕作りにもとてもこだわりがあるそうですね。
字幕は僕にとっては視聴者との重要なコミュニケーションツールです。字幕の作り方で映像から受ける印象が全く変わってしまうので、僕は字幕にはとてもうるさい(笑)。英語字幕、日本語字幕共に、翻訳者さんやその作品のテーマの専門家と細かく話し合うことを大切にしています。取材相手の想いや意図を伝えるためにどうしても譲れない部分がある時は、僕の想いをきちんと説明した上で翻訳者さんに表現を直してもらうことも多々ありますね。だから僕は翻訳者さんからの質問は大歓迎です。判断に困った部分を曖昧にせずに確認してくれる人とは安心して仕事ができるし、僕の作品の伝え方を真剣に考えてくれるのはありがたいことですから。
字幕作りで何か印象深かったエピソードがあったら教えてください。
薬物中毒の母ヴィッキーを亡くした少年ジェイクの成長を追ったドキュメンタリー『Jake, not finished yet』は、ジェイクが11歳から17歳になるまでの長い期間をかけて撮影しました。この作品の中でジェイクは母親のことを話す時、Mama、Mother、Vickiとさまざまな呼び方をします。しかし、日本語字幕は当初、すべて「母」となっていました。翻訳者さんは「自分の母親は“母”」という日本の一般常識に合わせて考えてくれたんですね。でも僕は、敢えて「ママ」「マザー」「ヴィッキー」と彼の言葉のままにしてくれるよう、お願いしました。実はジェイクが母親を名前で呼ぶときは、「ヴィッキーが逮捕された時」といった“母親が悪いことをしている時”なのです。そんな母を客観的に見て距離を置いている彼の微妙な心境を僕はきちんと伝えたかった。こうした翻訳者さんとのコミュニケーションは本当に大切にしていますね。
ドイツの日本映画の祭典、ニッポン・コネクションで『-1287』がニッポン・ヴィジョン観客賞を受賞。
日本語の作品に英語字幕をつけるのはさらに慎重になりますよね。多言語にする際は通常、英語字幕をもとに翻訳しますから。
その通りです。日本語と英語の場合はある程度僕自身でそのニュアンスを確認できますが、各国の映画祭で多言語の字幕で上映されている時は本当に不安ですね。『A2-B-C』がウクライナやポーランドで上映された時は、英語字幕の上に現地の言葉の字幕が被せられていたので、視聴者はそれしか読めなかった。ウクライナはチェルノブイリの事故を経験していますし、ポーランドでは政府関係者と原発反対派が上映会場で議論を始めてしまう場面もあり、「字幕で、この映画の内容が間違った伝わり方をしたら大変だ」と僕は会場でパニックになりそうでした。僕の作品だけでなく、日本の作品が海外で正しく評価されるためには、英語字幕が本当に重要な存在です。これが間違っていたらあらゆる国で間違った伝わり方をしてしまう。だからこそ、僕も英語字幕を作る時はとても慎重にならざるを得ないのです。
最後に現在撮っている作品について教えてください。
福島への取材は定期的に続けていて、今後『A2-B-C』の続編を作る予定です。『A2-B-C』でお世話になったお母さんたちとは今も交流しているんですよ。また、一方では新宿でセックスワーカーの人たちへの取材という全く違うテーマにも取り組んでいます。楽しみにしていてください!

イアン・トーマス・アッシュ
フィルムメーカー。アメリカ、ニューヨーク州出身。初めて手がけたドキュメンタリー『the ballad of vicki and jake』(2006年)がスイスドキュメンタリー映画祭でグランプリに輝く。2000年に来日以降、10年以上に渡り日本に在住。『グレーゾーンの中(In the Grey Zone)』(2012年)や『A2-B-C』(2013年)『-1287』(2014年)など日本でドキュメンタリー作品を制作している。大学でドキュメンタリー作品の撮影についての講義を行うなど精力的に活動。ドイツの日本映画の祭典「ニッポン・コネクション」(ドイツ・フランクフルト)で、2013年に『A2-B-C』がニッポン・ビジョン賞、2015年に『-1287』がニッポン・ヴィジョン観客賞を受賞したほか、世界の映画祭で高い評価を受けている。

公式サイト
http://www.documentingian.com/

★イアンさんが講師を務めるGCAIの講座はこちら
インプレッシブ・ムービーメイキング アドバンス講座
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https://gcai.jp/step/impressive-movie-making

★イアンさんのメッセージ動画はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=i2pKy7U6amU
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